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横浜地方裁判所 平成9年(ワ)176号 判決 1998年9月30日

原告

株式会社大喜

右代表者代表取締役

李健在

右訴訟代理人弁護士

池田節雄

被告

鎌倉市建築主事小島英一

被告

鎌倉市

右代表者市長

竹内謙

右被告両名訴訟代理人弁護士

上野健二郎

右訴訟復代理人弁護士

田中公人

右被告両名指定代理人

小暮輝信

外一二名

主文

一  鎌倉市笛田字上耕地二〇六番一ほか四筆の土地上に所在する鉄骨造二階建店舗に関し、原告が平成八年一月九日受付第一―一一〇七号をもって被告鎌倉市建築主事に対してした建築基準法八七条一項に基づく用途変更に伴う建築確認申請について、同被告が何らの処分をしないことが違法であることを確認する。

二  原告の被告鎌倉市に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告鎌倉市建築主事に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告鎌倉市に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項同旨

二  被告鎌倉市は、原告に対し、平成九年三月一日から毎月末日限り二〇〇〇万円及び右毎月支払分の金員に対する毎月各末日から支払済みまで年五分の割合にによる金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、(一) 被告鎌倉市建築主事(以下「被告主事」という。)に対し、鎌倉市笛田字上耕地二〇六番一ほか四筆の土地上に所在する鉄骨造二階建店舗につき、書店からパチンコ店への用途変更に伴う建築基準法八七条一項に基づく建築確認申請をし受理されたのに、被告主事がその後何らの処分をしないのは違法であるとして、右不作為の違法確認を求めるとともに、(二) この不作為がなければ用途変更に伴う建築確認がされ、原告において右店舗でパチンコ店を開業して毎月少なくとも二〇〇〇万円の利益を上げることができたとして、被告鎌倉市(以下「被告市」という。)に対し、国家賠償法一条一項に基づき、遅くとも営業可能となっていたはずの平成九年三月一日から毎月末日限り二〇〇〇万円及び右毎月支払分の金員に対する毎月各末日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

一  前提となる事実(争いがない事実はその旨を記載した。その旨の記載のない事実は証拠により認定したものであり、その場合における証拠は、甲第二四・二六号証、証人北島弘志の証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨であり、他にある場合は、以下に適宜記載した。)

1  鎌倉市開発事業指導要綱等に基づく指導

鎌倉市開発事業指導要綱(昭和五七年告示第七号)及び同施行細則は、昭和五七年一〇月一日施行、平成八年一月一日全面改正を経て、現在に至っている。右改正前の鎌倉市開発事業指導要綱(以下「本件要綱」という。)及び同施行細則(以下「施行細則」という。また、本件要綱と併せて「本件要綱等」という。)は、大要、以下のように定めていた。(本件要綱等による行政指導が行われていることは、争いがない。それ以外の事実につき乙第一号証)

(一) 開発事業についての事前審査と協議

本件要綱等が適用される開発事業の事業者は、法令に基づく手続を行う前に、鎌倉市長(以下「市長」という。)に対し、事業目的の概要等を記載した開発事前審査申請書を提出し、当該開発事業に係る基本的事項について事前審査を受け、市長と協議を行わなければならない。(本件要綱五条、施行細則二条)

(二) 事業計画の公開と住民への説明

右事前審査申請書を提出した事業者は、事前審査が終了するまでの間、住民に対し計画の概要を明記した標識を掲示することにより当該計画を公開し、住民からの要求があった場合又は市長が必要と認めた場合は、住民に対し説明会を開催しその意見を聞き、開発事業に関し利害関係を有する住民と協議を行う等の手続を履践し、かつ、その結果を市長に報告する。

(本件要綱七条一項二項・八条、施行細則六条・七条)

(三) 事業者と市長との協議

事前審査の手続終了後、事業者は、事業目的の概要等を記載した開発事業協議申請書を市長に提出し、所要の協議を行い、協議が整ったときは、市長との間で協定書による協定を締結する(本件要綱五条一項二項、施行細則四条一項二項)。右協議に係る開発事業が都市計画法二九条の許可を要する開発行為であるときは、右協議は同法三二条の同意又は協議を兼ねるものとされている(施行細則五条)。

(四) 工事完了検査

事業者は、開発事業に関する工事完了後、市長にその旨の届出をして完了検査を受けなければならず、市長は、完了検査の結果、当該工事に不備がないと認めたときは、事業者に対し、完了検査が終了した旨の通知書を交付する。(本件要綱四〇条)

2  本件開発事業における本件要綱等の履践状況と本件建物の建築

(一) 本件開発事業の目的・内容

原告は、鎌倉駅近くの商店街でパチンコ店を営んでいる(争いがない。)ところ、別の場所に二軒目のパチンコ店を開店することを計画し、平成五年七月までに神奈川県鎌倉市笛田字上耕地二〇六番一、二〇六番七、二〇五番一、二〇五番二及び二〇五番九の土地(合計2547.11平方メートル。以下「本件土地」という。)を買い受け、本件要綱等に定める手続を履践して、本件土地にパチンコ店舗を建築する手続を進めた(以下「本件開発事業」ということがある。)。しかし、店舗の目的をパチンコ店としたのでは近隣住民の反対に遭い、本件要綱等に定める手続を履践することが困難となり、ひいては店舗が建たなくなるおそれもあるとして、原告は、建築する店の用途を当初書店として本件要綱等に定める手続を履践し、建築後に右用途を書店からパチンコ店に変更しようとした。

(二) 事前審査、協定、建築確認

そこで、原告は、市長に対し、平成六年一月二〇日開発事業の目的を「店舗(書店)」と記載した開発事業事前審査申請書を提出し、地域住民や市長から説明会の開催を求められたりすることもなく右事前審査手続を終了し、その後の同年三月一五年開発事業協議申請書を提出した。そして、右協議が整ったので、原告は、同年八月二六日市長との間で、開発事業に関する協定書を作成した。(協定書作成は争いがない。)

次いで、原告は、同年八月二九日市長に対し都市計画法二九条の開発行為の許可申請をし、同年九月一四日右許可を受け、さらに同年一一月一六日被告主事に対し店舗と自走式自動車駐車場につき建築基準法六条による確認申請をし、同年一二月二七日付けで確認通知を受けた。(乙第二ないし第四号証、乙第一七・一八号証)

(三) 本件店舗の完成

原告は、右の確認通知を受けた後、建物の建築に着手し、平成七年四月、本件土地に、鉄骨造二階建店舗(一階514.439平方メートル、二階425.000平方メートル。以下「本件店舗」又は「本件建物」という。)及び自走式自動車駐車場を完成し、市長及び被告主事に対し、その旨の届出をした。市長は、完了検査を行い、平成七年六月一日付けで原告に対し完了検査が終了した旨の通知書を交付し、また、被告主事は、同月六日付けで原告に対し建築基準法七条による検査済証を交付した。(本件店舗の完成及び検査済証交付は争いがない。それ以外の事実につき乙第一八号証、乙第一九号証の一)

3  店舗の用途変更の表明及び用途変更の申請書受理に至る経緯

(一) 店舗の用途変更の表明

その後、原告は、本件店舗の用途を書店からパチンコ店に変更(以下「本件用途変更」という。)すべく、平成七年六月二一日被告主事に対し建築基準法八七条一項による用途変更に伴う建築確認申請書(以下「第一次変更確認申請書」という。)を提出し、これと並行して、市長に対し、開発事業の目的を書店からパチンコ店に変更したい旨を伝えた。(概ね争いがない。)

原告の右の意向を聴いた被告市の開発指導課職員は、原告に対し、都市計画法八〇条に基づき、その経緯を報告書に記載して明らかにするよう求めたところ、原告は、平成七年六月二八日付け及び同年七月三日付けの報告書を提出し、そこにおいて、本件店舗の用途を書店からパチンコ店に変更する必要が生じた旨、そして、その時期は本件店舗完成後の平成七年六月一〇日である旨を申し立てた。(乙第一五号証の一・二)

(二) 第一次変更確認申請書の不受理

しかし、原告に当初からパチンコ店の経営を企図していた節が窺われ、付近住民の不信感も高まりつつあったことから、市長は、原告に対し、平成七年七月六日付けの書面で、本件店舗を当初の計画どおり書店として使用するように行政指導をするに至った。また、これに呼応して、被告主事は、原告から出されていた前記(一)の第一次変更確認申請書を受理しなかった。(不受理は争いがない。)

(三) 住民説明会における住民の反対表明と被告市の手続留保

右のような状況の下、原告は、平成七年一一月五日、付近住民に対し説明会を開催し、そこにおいて、本件店舗の業種をパチンコ店に変更するに至った経緯について説明した。原告は、平成八年一月七日にも住民説明会を開催した。

しかし、住民は、目的を当初秘した上で建築しその後に用途変更でパチンコ店を開業しようとする原告のやり方に反発した。そして、被告市では、この住民の意向を無視できないものと感じ、原告の用途変更申請には簡単には応じられないとの態度を取った。(乙第六・七・二一号証)

(四) 郵送による第二次変更確認申請書の提出とその受理

原告は、この二回の住民説明会後、被告主事に対し、郵送により変更確認申請書(以下「第二次変更確認申請書」という。)を提出し、平成八年一月一九日付けで受理された(受理は争いがない。)。右申請書には、本件店舗の一、二階をパチンコ店に用途変更する計画が記載されていた。

(五) 前訴の提起

原告は、第二次変更確認申請書の郵送と前後して平成八年一月一一日、当庁に、鎌倉市側が建築確認申請書を受理せずに留保していることの違法確認を求める訴え(当庁平成八年(行ウ)第三号建築確認不作為の違法確認請求事件。以下「前訴」という。)を提起した。(争いがない。)

(六) 第二次変更確認申請書に基づく手続の中断及び申請書類の追完

被告主事は、第二次変更確認申請書を受理後、これについて審査したところ、申請書が建築基準法施行規則一条に規定する様式を欠き、かつ審査に必要とされる図書の添付を欠いていたため、直ちには適合又は不適合の確認を行うことができないと判断し、原告に対し、平成八年一月二九日付けで、審査を中断する旨の通知(乙第二八号証)をした。

そして、被告主事は、原告に対し、申請図書の提出を求めるとともに、法令に適合しない箇所及び不明瞭な箇所の補正を求めるなどした結果、平成八年八月一二日、原告から全ての申請図書の提出がされ、法令に適合しない箇所及び不明瞭な箇所は訂正された。(乙第二八・三〇号証)

4  被告市の意向、原告と被告市との合意及び原告書店の開業

(一) 被告市の意向

前訴の解決や第二次変更確認申請書の処理をめぐる折衝の中で原告と被告市とで話し合いが行われることがあり(争いがない。)、平成八年五月八日には、鎌倉市建築指導課長井村三知夫(以下「井村建築指導課長」という。)は、第二次変更確認申請書について、原告代理人らに対し、「住民との関係では、未だ手続過程の問題が解消されていない。原告が書店経営を装って店舗を建築し、建物が完成した後パチンコ店に用途変更するというのは、手続の過程に問題がある。また、住民が提起している生活環境問題も解決されていないので、住民を十分に説得するため、対話を重ねる必要がある。」旨を述べた。

(二) 古本書店の開業

原告は、被告市側の(一)の意見を踏まえ、平成八年六月一二日に被告主事に提出した訂正後の第二次変更確認申請書において、本件店舗の一階をパチンコ店とし、二階を書店とすることに計画を変更した。また、原告は、同年七月一六日市長と会い、それまでの手続経過の誤りについて謝罪し、同月末ころ、本件店舗の一、二階において古本を扱う書店を開業した。

(書店開業は争いがない。)

(三) 原告と被告市との合意

そして、平成八年九月三〇日、原告と被告市との間に、① 本件土地における開発事業の目的を書店とし市長との間で本件要綱等に基づく協定を締結しながら建物が完成した直後にパチンコ店への用途変更を申請したことについて、原告は、市長及び近隣住民に謝罪の意を表す、② 原告は、速やかに本件建物における書店営業を開始する、③ 原告は、本件店舗の一階部分における営業目的を書店からパチンコ店に変更するに際しては、住民の同意を得るべく誠意をもって十分な説明を行う、④ 双方は、以上の経過を経て第二次変更確認申請書に伴う問題を解決する、との合意(以下「本件合意」という。)が成立し、原告は前訴を取り下げた。(甲第二号証の二、乙第八・九号証)

5  住民に対する原告の説明(本件合意の履行)

(一) 平成八年一〇月一三日の住民説明会(説明会のあったことは争いがない。それ以外の事実につき甲第一八号証)

(1) 原告は、本件合意成立後、まず、平成八年一〇月一三日午前一〇時三〇分から同一二時まで、鎌倉市手広東公会堂において、第一回住民説明会を開催した。住民五二名と原告側七名が出席した。

席上、原告側は、用途変更後、一階でパチンコ店を、二階で書店を経営するつもりであること、原告が計画しているパチンコ営業用の利用面積、パチンコ台数、書店の面積、駐車場台数、安全対策等を明らかにした。住民側は、パチンコ店開店後のネオンサインや交通渋滞の問題を指摘したが、原告側は、ネオンサインや建物のデザインについては、現在の建物(本件店舗)以上のことは考えていない旨、車は五〇台を停められる自走式自動車駐車場を設置する旨、本件店舗内からパチンコ遊技に伴う騒音が外に出ないようにする旨、店舗内は明るい雰囲気にする予定である旨を説明した。

さらに、住民側から、パチンコ店への用途変更の経緯について不可解な点があるとして、これを明らかにするようにとの質問が出された。これに対し、原告側は、「住民の反対が予想されたため、設計者の助言に従い、当初書店で申請し、時機をみてパチンコ店に用途変更すればよいと考えて、開店に向けての手続を開始した。しかし、大手書籍会社から新刊本の配布はできないと言われたため、通常の書店の開店が事実上無理となり、結果的に住民を騙すようなことになってしまい、申し訳なく思っている。」旨を述べた。

(2) 原告は、同日の午後二時から三時二五分まで、同じ場所で、違う住民を対象とした第二回の説明会を開催した。そこには、住民一四名が出席した。席上、第一回の住民説明会とほぼ同様のやりとりが行われた。

(二) 平成八年一〇月二七日の住民説明会(説明会のあったことは争いがない。それ以外の事実につき甲第一九号証)

次いで、原告は、平成八年一〇月二七日午前一〇時から同一一時二五分まで、鎌倉市手広東公会堂で第三回の住民説明会を開催した。住民二五名と原告側五名が出席した。冒頭、原告側は、出席に「建喜ビル資料」(甲第二五号証)を配布した。これは、本件店舗の用途変更に至る経過、原告の経営理念及び本件店舗の用途変更後の平面図を記載したものであった。また、原告は、前回説明会以降住民を個別に訪問した結果、住民の反対意見には経緯問題と環境問題(交通渋滞、青少年の教育上の問題、防犯)があると認識しているとし、経緯については重ねてお詫びするしかないとし、環境問題については、適切な対策を取るなどするので、問題とはならない旨を説明した。

住民側から、説明会の開催日を事前に摺り合わせることが行われていない、資料が事前に配布されていないといった意見があったほか、用途変更の経緯に関する質問、原告が市長に謝罪したという新聞報道に関する質問などが出された。時間的にみると、質疑の多くは、謝罪の新聞報道に関連した経緯内容と今後原告が書店をするのか、パチンコ店をするのかに集中した。

なお、説明会の日程については、原告側では、住民すべてとの調整が難しいので個別に出向くなどして協議させて貰いたい旨を述べた。

(三) 平成八年一一月一七日の説明会の流会(説明会が予定されたことは争いがない。それ以外の事実につき甲第二〇号証、乙第一六号証の一・二)

原告は、平成八年一一月初旬、第四回の説明会開催の日を同月一七日午後六時として住民に連絡したところ、「手広交差点のパチンコ店出店に反対する会」(以下「反対する会」という。)の代表と名乗る三名から、右開催の日時は住民との合意に基づくものではないから、反対する会及び近隣住民は出席しないと記載された文書が原告に届けられた。原告は、それでも、反対する会以外の住民が参加するかもしれないと考え、予定どおり、同月一七日午後六時に鎌倉市手広東公会堂での住民説明会に臨んだ。しかし、住民は一人も出席しなかった。

(四) 原告と住民との双方からの被告市に対する意見表明

これまでの住民説明会の開催と(三)の流会の事情などに照らし、原告は、井村建築指導課長に対し、第二次変更確認申請書に対し建築確認処分を出してほしいと要請をしたが、同課長は、未だ時機に達していないとして、原告に市長宛の上申書の提出を求めた。そこで、原告は、平成八年一一月一八日付けで市長宛の上申書(甲第三号証)を提出し、市長が用途変更の手続を進めてくれるよう要請した。

他方、そのころ、反対する会の代表三名から市長宛に、本件用途変更を許可しないでほしいとの要望書(乙第一三号証)が出された。そこには、反対する会が原告の本件店舗でのパチンコ店の開店に反対する理由として、①本件店舗は小中高生の通学路に当たること、② 青少年の非行化につながるおそれがあること、③ 交通渋滞を引き起こすおそれがあること、④ 鎌倉市パチンコ店条例の病院の付近に該当すること、⑤ パチンコ店周辺での窃盗、殺傷事件等の発生及び店内でのサラ金業の横行等が懸念されること、⑥ネオンサインで付近の景観、環境が一変することが掲げられていた。

市長は、未だパチンコ店出店に対する住民理解が得られていないと判断し、その旨を井村建築指導課長に伝えた。同課長は、この結果を原告に伝え、原告は、再度住民対応を行うことになった。

(五) 平成八年一二月八日の住民説明会ないし協議会(会合のあったことは争いがない。それ以外の事実につき甲第二一号証)

そこで、原告は、平成八年一二月八日午前一〇時五分から同一一時五五分まで、鎌倉市手広東公会堂で第五回の住民説明会ないし協議会を開催した。住民一七名と原告側五名が出席した。冒頭、原告側から、事業計画の説明は終わったので、本件要綱等に基づく説明会は終了させてもらいたい、しかし、今後も住民との協議を続けていく意向である旨の説明があった。これに対し、住民側からは、協議会ではなく、説明会として継続せよとの要望があった。また、住民側からは、パチンコ店の出店に反対であることの意見が出されたほか、今後の協議に当たって代表が決まっていないので、住民の側から代表を決めるとの話もあった。

6  住民説明会の中止と本訴の提起

その後、住民の側から代表者が決まったとの通知がなく、反対する会の代表である山岸フミ子に問い合わせても返事がないこともあり、原告は、それまでのような説明会の開催は打ち切ることにした。

原告は、その後市長と会い、本件用途変更を認めるよう要求したが、拒絶され、さらに、被告主事が、その後も第二次変更確認申請書について処分を留保しているため、原告は平成九年一月二一日本訴を提起し、本件訴状は同月二九日被告主事に送達された。

しかし、被告主事は、原告が本件合意に定める手続を未だ履行していないとして、第二次変更確認申請書に対する処分を留保している。(第二、三段の外形的事実は争いがない。)

二  争点と双方の主張

本件の争点は、(一) 被告主事が第二次変更確認申請書に対する建築確認処分を留保していることは違法か、(二)これが違法であるとした場合、原告は、被告市に対し、これにより得べかりし利益を失ったとして、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償請求をすることができるか、である。

これらについての双方の主張は、以下のとおりである。

1  被告主事が第二次変更確認申請書に対する処分を留保していることの適否

(一) 原告の主張

(1) 本件訴状送達以後の明らかな違法

原告は、本件訴状の送達をもって、被告市の行政指導に従う意思のないことを明確に表示したものであるから、被告主事は、遅くとも右の送達の日以降、第二次変更確認申請書に対し処分をしていない点で不作為の違法状態にあるというべきである。そして、原告は、被告主事のこのような違法な不作為により、得べかりし利益を喪失しているから、被告市は、これによる原告の損害を賠償する義務がある。

(2) 被告らの主張に対する反論

被告らは、「原告が住民の説明会において、虚偽の説明に終始し、さらにはこれを途中で打ち切るなどし未だ本件合意条項を履行しておらず、特段の事情があるので、第二次変更確認申請書に対し被告主事において処分を留保しても違法にならない。」と主張する。

しかし、原告は、平成八年一〇月一三日に二回、同月二七日、同年一一月一七日及び同年一二月八日に各一回と説明会を開催し、そこにおいて住民に十分な説明を行い、もって本件合意条項を履行しており、原告に正義の観念にもとるような行為は存在しない。被告市の担当職員は、このような原告の行為を正当に評価して、第二次変更確認申請書に対し確認処分をする方向で検討していたところ、パチンコ店の出店拒否の姿勢を標榜する市長の意向により、一転これを翻し、第二次変更確認申請書に対する建築確認処分を留保するに至ったものであり、これが違法なことは明らかである。

(二) 被告らの主張

(1) 原告の主張は争う。

(2) 平成八年八月一二日までの建築確認処分留保の適法性

第二次変更確認申請書について、被告主事が審査し、適合又は不適合の確認が得られ、建築確認処分要件が具備されるに至ったのは、平成八年八月一二日である。したがって、被告主事がそれまでの間、第二次変更確認申請書について建築確認処分を留保していたことは、違法ではない。

(3) 本件訴状送達までの間の建築確認処分留保の適法性

また、建築主が行政指導に任意に応じていると認められる場合には、建築主事による建築確認処分の留保は、違法にはならないと解される。

原告は、平成八年八月一二日以降も本訴提起までの間は、被告市の指導に従っていたのであるから、それまでの間は、第二次変更確認申請書について被告主事による建築確認処分の留保は違法とはいえない。

(4) 正義の観念からの建築確認処分留保の適法性(訴状送達後の適法性)

さらに、建築主が行政指導に従わない意思を示した場合でも、建築主が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在する場合は、確認申請に対する建築確認処分の留保は違法にはならないと解される。

本件においては、次のとおり右の特段の事情が存在する。

すなわち、被告市は、原告に対し、本件要綱等の趣旨に則り、住民説明会を開催し、右説明会において真実に合致した情報を開示し、住民と十分対話するよう行政指導をしていたが、原告は、前訴を提起して争う姿勢を見せながらも、訴訟外での被告市との話し合いにおいて、被告市の行った行政指導を了承し、平成八年九月三〇日、被告市との間で、一5(四)のとおり合意(本件合意)した。ところが、原告は、右合意条項中の住民との話し合い(説明会)において、虚偽の説明に終始し、住民に対し真実の情報を十分に開示しなかった。そして、原告は、住民と十分な対話の機会を設けることもなく、一二月八日の説明会をもって一方的にこれを打ち切り、その後は住民と一切交渉を持とうとしなくなった。他方、原告は、第二次変更確認申請書に対する建築確認処分の留保により、本件店舗の利用を制限されるわけではなく、単に本件店舗を一定の目的(パチンコ店)に利用することが制限されるにすぎない。以上を総合すると、第二次変更確認申請書に対する建築確認処分の留保は、違法にはならない特段の事情があるというべきである。

(5) まとめ

したがって、第二次変更確認申請書について、被告主事が建築確認処分を留保していることに違法はない。

2  原告の損害額及び因果関係の存否

(一) 原告の主張

原告は、鎌倉駅前において、鎌倉会館というパチンコ店を二〇年間営んでおり、その平成八年三月三一日に終了した一年間の営業総利益は四億六八〇〇万三五三七円であった。鎌倉会館の遊戯機械の台数は二四二台であるのに対し、原告が本件建物一階で設置を予定している遊戯機械の台数は二八〇台であり、本件店舗は県道に面し、五〇台入る駐車場が用意されている。両者を対比すると、原告が本件建物においてパチンコ店を経営すれば、少なくとも年間二億四〇〇〇万円(毎月二〇〇〇万円)の利益を上げることが見込まれる。そして、被告主事が本件訴状の送達を受けた後直ちに本件の建築確認をしていれば、原告は、遅くとも平成九年二月末には本件店舗においてパチンコ店を開業し、平成九年三月一日以降少なくとも毎月二〇〇〇万円の利益を上げることができた。この損害は、本件不作為の違法と相当因果関係にあるから、被告市は、原告に対し、右額を賠償する義務がある。

(二) 被告市の主張

原告主張の事実は否認する。

原告は、本件不作為がなければ、本件店舗においてパチンコ店を営業できたとして、それによる逸失利益を主張するが、風俗営業であるパチンコ店を営むためには、用途変更に伴う建築確認(本件変更確認)とは別に、公安委員会の許可を受けなければならない(風俗営業等の規制及び業務の適性化等に関する法律三条一項)ところ、原告は、本件店舗においてパチンコ店を営業するための神奈川県公安委員会に対する許可申請すらしていない。したがって、被告主事が第二次変更確認申請書に対する建築確認処分を留保している行為と、原告の主張する損害との間には、相当因果関係がないといわなければならない。

また、仮に相当因果関係が肯定されるとしても、原告の損害額の主張は、原告の鎌倉駅前店と同様の利益が上がることを前提としているところ、本件店舗において同様の利益が上がるという理由はない。

第三  争点についての当裁判所の判断

一  争点1(被告主事が第二次変更確認申請書に対する建築確認処分を留保していることの適否)について

1  平成八年八月一二日までの建築確認処分の留保の適否

第二次変更確認申請書が適合又は不適合の確認を得られるだけの様式と必要書類を添付する等して建築確認処分要件を具備するに至ったのは、第二の一3(六)に説示したとおり平成八年八月一二日であるから、被告主事が第二次変更確認申請書を受理した平成八年一月九日から右の八月一二日までの間右申請書についての建築確認処分を留保していても、そのことに違法があるということはできない。

2  本訴提起までの建築確認処分の留保の適否

(一) 行政指導に建築主が応じている場合と建築確認処分の留保

1のとおり、平成八年八月一二日以降は被告主事において第二次変更建築申請書に対し建築確認処分ができるだけの形式的要件は整っていたわけである。

しかしながら、地方公共団体が建築物の建築計画につき一定の譲歩、協力を求める行政指導を進め、建築主がこれに任意に応じる態度を示しているようなときは、建築主事が右建物建築のための建築確認申請に対する建築確認処分を留保しておいたままにしても、違法にはならないと解するのが相当である(最高裁判所昭和六〇年七月一六日第三小法廷判決・民集三九巻五号九八九頁)。というのは、地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその責務の一つとしているのであり(地方自治法二条三項一号・七号)、また、建築基準法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めるとしているのであるから(一条)、建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民の生活環境に影響を及ぼしその健全な居住環境を損なう結果になることが予想されるときは、これを回避するため、地方公共団体が建築主に対しその任意の協力の下に建築物の建築計画につき一定の譲歩、協力を求めることは、それなりに合理性があり、法の許容するところと考えられるからである。

(二) 被告市の意向と原告の態度

本件における平成八年八月一二日から本訴提起までの状況を見ると、それまでの折衝を踏まえて、前記第二の一4のとおり、原告は、被告市の指導に従って行動し、平成八年九月三〇日には、被告市と本件合意(従前書店経営を目的として本件要綱等に定める手続を履践し本件店舗を建築したことについて、原告は、市長及び近隣住民に謝罪し、速やかに本件建物における書店営業を開始し、かつ、本件店舗の一階部分においてパチンコ店を出店するについては、住民の同意を得るべく誠意をもって十分な説明を行う。一方、被告市は、右の経過を経て第二次変更確認申請書に伴う問題を解決する。)をし、それに引き続き右の合意条項にある住民説明会を開催するなどして合意内容を実行していた(前記第二の一5)ものである。

(三) 本件合意の性質(第二次的な個別の行政指導)

ところで、鎌倉市においてパチンコ店のための建物を建築するには、本来は、本件要綱等に従った事前審査と住民説明を行い、次いで建築確認を経て当該建物を建築するという運びになるはずであるから、建物の用途を書店として住民からの説明要請を回避して建築確認を取得し、そして本件店舗を建築し、その後にパチンコ店に用途変更しようとする原告のやり方は、被告市の所定の行政指導に従ったものではなかったと評価せざるを得ない。しかも、本件要綱等には、用途変更による場合の市長との協議等の措置は定められていなかったこともあり、本件用途変更申請(第二次変更確認申請書の提出を含む。)に対しては、被告市としては、予め定められていた行政指導で対処するということはなかった。

ところが、そのような中で、本件用途変更申請後に前訴が提起されたことなどから、原告と被告市との間に右用途変更申請の扱いをめぐり交渉が持たれ、そこで被告市から提示された条件に原告が応じるという事態の進展(本件合意の成立)をみたものである。ところで、被告市の提示した条件は、謝罪及び住民への誠意ある説明の要請並びにそれが行われるまでの処分の留保を主な内容とするものである。後記のとおり右の内容には明確でない部分もあるが、原告が謝罪と説明をしなければ少なくとも本件用途変更申請に対し被告主事が処分をしないという点は明確であり、原告において右条件に従わない場合はもとより、従う場合にも原告において誠意ある説明等を行うまでは、被告市において一定の態度(処分の留保)を採ることが明らかにされているので、これを被告市による一個の行政指導とみることができる。そして、原告が被告市の提示した条件に応じて本件合意を成立させたのは、原告において右の行政指導に応じたことを意味するという見方もできる。このように(二)で述べた本件合意は、予め設けられている本件要綱等に実質的に従わなかった原告に対し、被告市によりいわば定型的でない個別特有の行政指導(以下「第二次的な個別行政指導」ということがある。)がなされ、これに原告が応じたものと捉えることもできる。

(四) 第二次的な個別行政指導の受け入れと建築確認処分の留保の適否

被告市の提示した(三)の第二次的な個別行政指導(本件合意における被告提示条件)は、原告が定型的な行政指導(本件要綱等)を回避するという不公正な行為をした後に被告市からなされた新たなものである。原告は、既に本件要綱等に実質的に違反して本件建物だけは完成していたが、本件建物においてパチンコ店を営業できずいわば後に引けない状況にあった。そこで、原告としては、建物をこれから新築する建築主の場合以上に、右の第二次的な個別行政指導を受け入れる強い意向があったと窺われる。

したがって、(一)の場合以上に(一)の考え方に準じて考えるのが相当であり、第二次的な個別行政指導に原告が従う意向を示している期間は、被告主事において第二次変更確認申請書に対して建築確認処分を留保していても、その点に違法はないというべきである。

3  本件訴訟提起後の建築確認処分の留保の適否

(一) 原則的な場合の結論

原告の本訴提起時(平成九年一月二九日訴状送達)において、被告市は、前記第二の一6のとおり、原告が第二次的な個別行政指導(本件合意における被告提示条件)に従って住民の同意を得るべく誠意をもって十分な説明を行うようにとの態度を取っていたものである。ところで、原告の提起した本件訴訟の内容は、被告主事に建築確認処分をしないことの違法確認を求め、併せて被告市に損害賠償を求めるというのであるから、これにより、原告は、右の被告市の行政指導に、理由はともかく、応じないという意思を明確にしたものといわざるを得ない。

したがって、被告主事は、(二)以下で検討する特段の例外事情がない限り、本件訴状を受領したころ以降は、本来の考え方に立ち返り、第二次変更確認申請書に対し何らかの応答をすべき義務を負うに至ったというべきである。

そこで、特別事情の有無を検討する。

(二)  特別事情がある場合の結論(一般論)

建築主が、行政指導には応じられないとの意思を明確にした場合であっても、建築確認申請に対する建築確認処分の留保が常に違法となるものではなく、建築主が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在する場合は、右留保は、違法とはならないと解するのが相当である(2(一)の最高裁判所判決参照)。そして、このことは、新築に際しての定型的な行政指導の場合であれ、用途変更の際の個別特殊の行政指導の場合であれ、変わらないと解される。

(三)  本件における特別事情の内容(正義の観念の捉え方)

(1)  問題の所在(不公正、それに対するあるべき非難の程度及びその解消の事実上の困難)

(二)の特別事情に関する一般論を本件について見ると、本件では、原告が、当初からパチンコ店を開店したいと考えていたのに、本件要綱等に従いそのとおりの申請をすると徒に周辺住民からの反対の騒ぎが大きくなると考え、右の真意を隠し、書店を開店することとして右要綱に従って開発事業の申請をし(甲第五号証の二)、それを前提とした建築確認処分を経て本件店舗を建築し、その直後に用途変更の確認申請をしているという点に、原告の不公正(正義に反する事情)がある。ただし、問題は、第二次変更確認申請書について被告主事による建築確認処分が未だされないことが原告のした右の不公正を理由に正当化されるかどうか、すなわち結果的に原告がパチンコ店を開店することができない状況になおあるという不利益を受けることが全体として見て合理的かどうかということである。

しかも、第二次的な個別行政指導(本件合意のうちの被告提示条件)のうちの一項目に「住民の同意を得るべく誠意をもって十分な説明を行うこと」があるものの、原告が誠意をもって住民に説明を行えば仮に住民の同意が得られなくても本件用途変更に伴う建築確認について被告主事が処分をすると約束されているわけでもなく、かつ何をもって「誠意をもってする十分な説明」に該当するかの具体的な判定基準も決められていない。そして、現に、誠意をもって説明をしたかどうかの評価で原被告に意見の不一致が見られる。

以上のような問題状況にあるわけである。

(2)  不公正の程度(解消可能性の有無)

そこで、次に、原告のした不公正の意味合いを探るために、仮に原告が当初からその意思どおりにパチンコ店を開店するための開発事業申請を本件要綱等に従って行っていたとした場合との比較でこれを検討することとする。

原告がパチンコ店を営業するための建物を建築する目的を明らかにし、いわば真意を隠さずに表明した場合でも、前記のとおりの説明会における住民の意向に照らすと、周辺住民がこれに直ちに無条件で賛成するわけではないと思われる。パチンコ店にマイナス評価をする住民は、原告が真意に従ってパチンコ店開店目的を表明したかどうかにかかわりなく、パチンコ店開店には反対し、原告において説明会でそれらの住民全員の同意を取り付けることは難しいことであったと予想される。

また、事業者が当初からパチンコ店開店目的の建物の建築確認申請をした場合において住民に反対があったときに、本件要綱等の背後にある法律レベルではどうなるかといえば、もともと本件要綱等は被告市が設けた行政指導の一つであり、住民との協議が整うにこしたことはないが、協議が整うことが本件開発事業を行うための要件というわけではなく、右協議が整わなくても、建築基準法及び都市計画法上の手続を履行して開発事業を行うことはできるのである。すなわち、パチンコ店の開店に反対する周辺住民があっても、建築基準法及び都市計画法の所定の処分を得ることは法的には可能であるし、事業者はそれらの手続を経て、パチンコ店を開店することはできるのである。

(3)  具体的な判定基準(不公正の解消可能性と解消のための要件)

以上のような関係にあることを踏まえると、原告がパチンコ店を開業するための建物を建築することを隠しそれに本来伴う本件要綱等所定の申請手続を回避したという不公正を考慮しなければならないが、さりとてそのためにパチンコ店開店がおよそ永久的に不可能となるというのも行き過ぎであるし、逆に本件要綱等がない場合には住民の反対があってもパチンコ店を開店することに法律上の制約はなかったのであるからとして原告に当初からの真意に従ってパチンコ店を申請したことと変わりない結果を直ちに享受させるというのも均衡を欠き(直ちに用途変更を認めるとすれば、本件要綱等が無視されたことにつき、被告市としては、何らの手段がないことになる。)不合理というべきである。

ところで、第二次的な個別行政指導(本件合意における被告提示条件)条項中にある「誠意をもって説明した」かどうかの判定には難しい面もあり、字義どおりに「誠意をもって説明すること」を原告に要求することには事柄の性質上限界がある。他方で、本件合意中の「第二次変更確認申請書に伴う問題を解決する。」との条項は含みがあって内容が一義的に明確ではない。そこで、誠意をもって説明したと誰もが紛れもなく判断するような努力を原告においてしたにもかかわらず住民の同意が得られないので、原告が右行政指導にもはや従う意思がないという場合には、前記の考慮要素及び本件合意の内容に照らし、実質的には本件要綱等に従った手続が順序を変えて行われたとみることもできるので、パチンコ店経営目的を隠し書店建築目的として申請した原告の当初の不公正に対する非難も解消されたと評価すべきであり、被告主事において第二次変更確認申請書をそれ以上留保し続けることを正当化することはできないと解するのが相当である。

次に、誠意をもってしたと紛れもなく判断できる程とはいえないものの原告において住民に対しある程度の説明を行ったが同意が得られないので、行政指導にもはや従う意思がないという場合もあろうが、そのときには、未だ原告のした当初の不公正が解消されていないとえる。ただし、それがいつまで経っても解消できないというのは硬直的な措置であって適当でない。そこで、第二次的な個別行政指導中に「第二次変更確認申請書に伴う問題を解決する。」という含みのある条項があることをも踏まえ、右の場合には、原告が住民への説明をもはや断念するとの意思を明らかにしてから一定期間は原告に対する非難はなお解消されないと扱うが、一定期間経過後はそれが解消されたとするのが相当である。すなわち、原告は、真意を隠して書店建築名目で建築確認を取得するという不公正な行為をしたので、公平の見地から、自身が行政指導に従う意思がないとの立場を明らかにした以降一定期間は、第二次変更確認申請書についての建築確認処分を受けられないといういわばペナルティーを甘受するほかないが、その期間を過ぎると右ペナルティーが解消するという立場に置かれることになると解するのが相当である。そして、原告が平成六年一月に書店建築目的の開発事業事前申請書を提出してから平成七年四月に本件建物を完成するまでに一年三か月間を要している(前記第二の一2)ので、新規に初めからパチンコ店建築目的で手続をやり直すことを想定すると、どんなに早くても同程度の期間を要する。そこで、悪質な事業者に対するペナルティーとしては、右期間程度変更申請に対する処分が留保されることが行為に見合った措置と考えられる。したがって、右のペナルティーの期間は、長くて右と同じ一年三か月間程度とし、住民の同意を得るためにした説明態度が誠意のあるものであればあるほどその期間が短いものとなるとするのが適当であると解する。

(四)  本件における特別事情の存否

そこで、事実関係を見ると、前記第二の一5のとおり、原告は、住民との説明会を合計五回開催し、そのうち四回にわたって、住民に対し、書店経営を目的として本件店舗を建築したことを謝罪し、本件用途変更計画の概要を書面等で開陳するとともに、これに伴う生活環境の悪化に対する対策等を明らかにしてその理解を求めているのである。ただし、原告は特に反対する会の代表に真正面からぶつかって住民側の代表者を誰にするかの手続面及住民全員の同意を得るという実体面の両面においてねばり強く折衝する努力にはやや欠けた面があり、平成八年一一月頃からは住民の理解が所詮得られないであろうとの気持が内心強くなり説明等の対処がやや形式的表面的となってきたきらいが感じられる(前記第二の一5(三)から(五)、同6)。そのような面もあり、総じていえば、第二次的個別の行政指導(本件合意中の被告提示条件)にいう「誠意をもった十分な説明」にはやや足りない程度のものが原告によりされたと認めるべきである。そうすると、原告がもはや住民への説明をしないとして本件提訴に及んだ時から半年間程度を経過したときには、特段の事情は解消(原告の「当初の不公正」に対する非難は解消)したものとし、それ以降は原則に戻って被告主事は第二次変更確認申請書について処分を留保する理由がないと解するのが相当である。

したがって、本訴提起から半年程度は、第二次変更確認申請書に対する被告主事による建築確認処分の留保は、なお違法ではないが、右期間経過後は右不作為は違法となるというべきである。

(五) 被告らの主張について

被告らは、原告が、当初から書店を開店する意思を有していなかったのに、住民説明会においては、当初は書店を開店する意思があったとして虚偽の説明に終始し、さらには、住民説明会を平成八年一二月八日をもって一方的に打ち切りにし、以後住民の意見を聞こうとしておらず、未だ本件合意を履行したとはいえないとして、原告には、正義の観念に反する特段の事情が存在すると主張する。

確かに、原告が、前記認定のとおり、書店目的の本件建物の建築確認がされた直後に書店からパチンコ店への用途変更を申し出ていることや、さらには、原告が開店した書店は、広い店舗に古本を置いて販売しているというだけで、書店とは名ばかりのものであることなどからすると、原告は当初から書店を経営する意思などなく、原告が住民説明会において当初は書店を経営する意思があり、書籍業者に新刊本の卸しを断られてこれを断念するに至ったと説明しているのは、被告らの主張するように、虚偽ではないかと認められなくもない。しかし、仮にそうであっても、原告のした不公正をもって、第二次変更確認申請書について被告主事においていつまでも建築確認処分をしなくても良いとする程に悪性の強いものというのは相当ではない。

(六) 結論

そうすると、被告市は、原告に対し、住民の同意を得るために誠意をもってする説明が未だされていないので引き続きこれを実行せよというに等しい行政指導をしているというべきところ、原告は、相当の誠意をもって住民に説明をしたとして、右の行政指導にもはや応じられないとする態度を採るに至っている。そして、本件の諸事情に照らすと、本訴提起から半年程度経過後には、店舗の用途を結果的に偽って本件建物を建築したという原告の不公正も社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情があるものではなくなっていると解するのが相当であるから、(一)に従い、被告主事が右期間経過後も第二次変更確認申請書について何らの処分をしないのは、違法といわなければならない。

二  争点2(原告の損害及び因果関係の存否)について

そこで、右のような被告主事の不作為により、原告にその主張のような損害が認められるかどうかについて検討するに、原告は、本件不作為がなければ、第二次変更確認申請書について確認の処分がされ、これをパチンコ店に改装して、遅くとも平成九年二月末には本件店舗においてパチンコ店を開店し、一か月当たり二〇〇〇万円の利益を上げることができたと主張する。

しかし、第二次変更確認申請書について、建築確認の処分がされるかはまだ不明といわざるをえないし、また、原告が本件店舗においてパチンコ店を開店するには、本件店舗を改装し、さらに風俗営業等の規則及び業務の適性化等に関する法律三条一項の許可を受けることが必要なところ、証拠(原告代表者尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、原告は、右の改装費として三億円を予定しており、これを借入れにより賄うつもりにしていること、また、原告は、現在、風俗営業等の規則及び業務の適性化等に関する法律三条一項の許可申請もしていないことが認められるから、原告が本件店舗を改装し、右の許可を得て、本件店舗においてパチンコ店を開店することができるかどうかは、現段階では不明といわざるをえない。

そうすると、被告主事が第二次変更確認申請書についての建築確認処分を留保していることの不作為と原告の主張する損害との間には、少なくとも相当因果関係がないといわなければならないから、原告の被告市に対する損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

三  結論

よって、原告の被告主事に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告市に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官近藤壽邦 裁判官佐野信)

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